稲妻11

□結んだ指の強さに縋り付いて君の孤独を離さない
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突然姿を現したなまえという少女はなんてことない、平凡な女の子だった。
一般家庭の家柄で訓練実習は並より下という、この科を専攻するクラスの生徒にとっては悩ましいところではあるが学力は下でも上でもなく、まあ特には申し分ない。
が、首位バダップの後に続く優秀で名門の家柄の上層な生徒達からすれば小指のデコピンで滑稽に弾きたくなるであろうなくらいに何もかもが普通で俗臭い。いかにも俗世間の者ですといった感じの少女だ。
この士官学校は、国の官僚や軍人の家系の子も少なくはない。
学園にいる間は互いの身は平等ではあるが平等でない。
普段の振る舞いからマナー、生活のほとんどはそこにいる人間の多数に合わせられる。
そちらの方が人数が多いのだから自然とそうなってしまうのは仕方ないことであって、常に世論とは大衆とは多数決社会なのだから。
この学園の生徒にとって学校における集団生活社会とは、普通とは、自然な多数決で勝ち取られた「良いとこ育ちの家の常識」が普遍なのだ。
要するに、この学園やバダップの家柄からすると、彼女は決して学園首位の肩書きを持つ彼に対して相応しいとは言い難いということなのだが、詰まるところ、家門が決めた相手ではなくバダップ自身が魅せられ彼の意思で選んだ女性なのだろうとみられた。
頭のおカタイ人間からしたら、きっと彼女の何処に惹かれたのか理解できないに違いない。
いや、理解しようと努めることすらしない。
頭の堅い大人やエリートでなくとも彼女と同じ一般階層の生徒でさえステータスに差の有りすぎるこの二人の組み合わせには頭を捻る。
とはいえ、やはり皆最初はバダップの女と恐れて避けがちであった。
しかし彼女の俗世間の人間なりの、だからこその、この学園では直接触れられることはあまりないような、この学園の生徒に欠けられた、あどけなさの抜けない可愛らしさに惹かれてしまったのか。クラスの一員として馴染むのにそれほど時間は要らなかった。

「やぁ。ここの席空いてるかい。」
「ああ。」
「俺も御一緒させてもらうぜ。」

クラスが離れているミストレやエスカバは、チームオーガの一件以来バダップと時々昼食をとっているが、ここ最近は当然ながらそこにバダップの恋人としてなまえも加わった。
今まで遠慮なしに取り巻きを好き放題連れて来ていたミストレは一々取り巻きに断って巻いてまで寄ってくるようになったので、まさかよりによってなまえに目を付けたのではないだろうなとエスカバは少々猜疑心を払っていたが、今のところそれらしき言動はなく、きっとエスカバと同じくただの興味なのであろう。
女と女は互いに水と油だから取り巻きの女子はいない方がいい、ただそれだけのことに過ぎないのだろう。

「エスカバは、今日はお弁当なのね。」
「ああ。たまには作らねーと。自炊はできなきゃなんねぇし。」
「卵焼き、美味しそう。」
「ほれ。」
「ありがとー」
「バダップのそれは愛妻弁当とみた。」
「やらない。」
「ケッつまらないの。」

今日から作り始めたらしいなまえの愛妻弁当を横取りし損なってもミストレは臍を曲げることはない。食べられないのは承知だったのだ。
何より、バダップがいわゆるタコさんウィンナを口にしている 不似合いな絵が至極面白いらしく、ニヤニヤと下卑た笑みを向けているのを、バダップは鼻であしらう。
エスカバは見慣れた二人の光景に呆れつつも笑っている。
なまえも、ニコニコしながらタコさんウィンナをつまんでバダップの口へと運ぶ。言うまでもない確信犯だ。
それにしてもこの図はカップルとお邪魔虫二人とはとても見えないほど和やかな空気が流れているのだが− ある意味、これが彼らの年相応の子供でいられる唯一の時間なのかもしれない。
毎日というわけではないが、なまえが来てからは互いにこのような具合に嗜んでいた。


なまえが来て早二週間が経った頃、ミストレやエスカバが親しく話しているのを見てか、なまえだけでなくバダップにも人が寄ってくるようになった。
それはさながらハイエナのようだ。ミストレ達に毒味させて、良しと判断した途端たちまちバダップに群れるハイエナだ、と後にエスカバは考える。
女子達がバダップに熱い視線を向けているのも時々見かけるが、なまえはそれを見つけてもとやかく言うことなく、彼の人気の高さを認めていた。
そもそもおそらく、プリンみたいな思考の彼女には群がり合う女どもがハイエナには見えていないに違いない。
それがなまえの最大の致命的な短所であり最大の長所である。

「嫉妬しねェの?」
「しないよ。私がしたところでどうにもならないんだもん。」
「そりゃまぁそうだが。」
「それともバダップが少し他の女の子といるくらいで浮つくように見えるの?」
「見えねェ。」
「でしょ。私はね、私が他のバダップを女の子に靡かせないくらいの素敵な女の子でいる努力をするからいいの。それでいれば全然問題ないことなんだよ。」
「成る程な……。」

なまえを前にしてエスカバは何故かまたバダップに負けたような気がして、いつしかバダップに論破された日のことを苦い顔で思い出しながらやれやれと腰を上げた。


「それにね、これはバダップにも言えることなんだよ。」

なまえもすくっと立ち上がると後ろを振り向く。
バダップがこちらへ向かって歩いて来ていた。

「待たせた。」
「ううん。」

なまえはバダップの手を取りながら「ほら」と言うのでエスカバは何のことだろうと、二人の繋がれた手を見、またなまえの目へ視線を送る。話が分からないバダップもなまえを見遣った。

「私がエスカバと二人で話してても怒ってないでしょ。」

バダップが「行くぞ」となまえの手を引いた。なまえはエスカバに手を振ると繋がれた手に引かれて歩きだす。

「……成る程な。」

エスカバは、微塵ながらもバダップが硬く口角を上げたのを見のがさなかった。
しかしそれがどの感情からくるものかはエスカバには計り知れなかったが。
自分達がなまえと時折馴れ合うのを、バダップがそれしきのことで怒るほどの器だとも思わないが、一心にヒビキを敬慕し敬服していた純粋で真摯な彼を知るエスカバは、これだけ親しくなった今更ではあるが、心底、二人を敬遠したくなる時がある自分との間で揺さぶられた。
まだなまえの存在が噂であった時、ミストレと円堂守の呪文はバダップの真髄にまでも影響し変革してしまったのではと話したことがあるが、今になってみればそれは全く逆ではないかとさえ思えたのだった。


良くない予感とはよく当たるもので、現実になりやすいのがこの世界の性格なのだろうか、手始めにどういうわけか4人で昼食をとる機会は段々と減っていった。
そもそもなまえとバダップ以外は別々のクラスであって話す機会はクラスメートと比べて少ないのだが、以前は互いの教室を訪ねることも少なくなかったのに、ここ最近はミストレやエスカバがバダップ達の教室へ足を運んでも二人が居なかったり、居ても何故か近寄りがたくなっていた。
いや、話しかければ返答は返ってくるし頷きだってするが、どうも素気ない。
そしてこれはしばらくしてから気づいたことだが、ミストレとエスカバだけでなくほかの生徒とも疎遠がちになっているようだった。
エスカバやミストレに限定して言うと、バダップたちに対して何か非があるのだとしたら思い当たることはなまえと親しくなったことしか彼等には思い浮かべることしか出来なかったので、そうであればやはりバダップは怒ってたんじゃないか、とエスカバはなまえの言葉を密かに隅で呪うだろう。
ただ、なまえがそんな態度であるだけであってバダップが直接そう言って来ないのは彼の性格上つじつまが合わないわけで、これはどういうことかと、また頭を捻らなければならない。
そもそも問題にした前提が違うのかもしれないなどと考え始めていたちごっこのような思考の環に嵌まって悶々とした。

が、これでは実に彼等らしくない。
人間関係において、勝手に自分の中だけで闇雲に考えて泥沼に嵌まることほど無駄でまどろっこしいことはないと直ぐに明瞭な決断を下せる彼等である。

「めんどくさい。あいつらが直接何も言わないんだったら俺は何もしない。」
「そうか。俺は明日にでも直接聞く。」

実に、簡単で明確な結論を出すと、彼らにしては長い思案を一瞬で何事もなかったかのようにエスカバは夕食の支度をし始める。
ミストレは席を立つ気配もなく、机に突っ伏した。

「食ってくか?」
「言葉に甘えてそうする。メニューは。」
「今のところ目玉焼きは決定事項かな。」
「なんでだよ。」
「いや、そっちこそなんでだよ。別にいいだろうが。卵があるから食べるに決まってる。」

べちゃり。嫌な音にエスカバが
フライパンの上に視線を戻す。
白い膜が破けて見事に黄身を垂れ流していた。

「あー……黄身が破れた。お前のせいにしていいか?」
「目を離す君が悪いんだろ。それ、エスカバのな。」
「はいはい。」

短い溜息をついてエスカバは腹を空かせて自分の部屋に居座る客人の目玉焼きを作りにかかるのだった。



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