稲妻11

□結んだ指の強さに縋り付いて君の孤独を離さない
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「あの」バダップ・スリードが一人の女に執心している

そんな噂が流れ始めたのは半年くらい前のこと。
初めは「あの」バダップが、と誰もが耳を疑い、鵜呑みに信じようとはしなかった。
しかしあまりにも信じがたいが故に誰もがその真偽を求め、憶測を並べたがり、年頃な生徒達の語り種になるには十分だった。
相手とは政略結婚の許婚、バダップが夜に寮で姿を見ない日は彼女に会うために出掛けている、いろんな尾鰭を付けながらも学園首位の色恋の噂はあっという間に学園中に広まっていたのだ。

しかし当の本人は、全く気にしていないというようにいつも通り、人を引き付けようとしないしれっとした顔で廊下を歩き、教室では自分の席で分厚い資料を淡々と読んで過ごしていたので、周りもそんなバダップに直接聞き出す勇気はないのか誰として核心に辿りつくことはない。
噂はいつまでたっても噂のまま、やがては薄れて2ヶ月もするともはや誰も口にすることもなくなっていたが、オペレーション・サンダーブレイクに関わった10人は噂が流れ始めてからどことなく勘づいていた。

「先に会議室の前で待っててくれ。」

チームの要のバダップがただそれだけ言ってふらっとどこかへ消えた。

半年前、計画に失敗し現在に戻ってきてすぐに、チームオーガの11人は今回の結果についての議論のために会議室に収集された。
円堂守に勇気づけられて戻ってきたものの、失敗は失敗、この会議はこれからの自分達の身を左右する重要な会議であろうということは暗黙の了解だった。

「何処へ行くんだろうね。」
「さあな。今この時に会議より大事なモンがあるとは思えねェが。道草くってて間に合うのか?あまり時間はないはずだ。」

チームの中でもよりバダップの側にいたミストレとエスカバでさえ会議を後回しにするその行動は不可解であった。
サンダユウ達も戸惑っているのか、先に行くべきか迷っているようだった。

「トイレで一人で泣いてたりして。」
「ねぇよ。」

分かりやすい冗談だったにも関わらず真面目に返したエスカバにミストレは眉をしかめる。

「冗談に決まってるだろ、石頭め。それより、聞こえてたかい。」
「何を?」
「今、バダップが去り際に零していったろ?」

エスカバは一瞬何のことか分からなかったが、それは確かにエスカバにも聞こえていた。

「……あれか。」
「ありゃ人の名前だと思うんだ。しかも響きからしてきっと女の子。もしかしたら懲罰受ける前に大好きな『カノジョ』に一目会いに行ってたりして。」
「……いやいや、まさか。」
「分からないよ?ま、これからが楽しみだね。彼のお言葉に甘えて先に行こうよ。」

この時、こうは言ったものの、まだミストレはこれでも冗談交じりだった。
どんな理由であろうとこんなにも重要な会議の前にふらりとどこかへ行ってしまうこと自体が余裕ぶっているように取れる行動をとったバダップへの皮肉も込めて。
それはエスカバや、周りで聞いていた他のメンバーも分かっていたし、多少ミストレの憶測に揺れているようだったがすべてを本気にして捉えてはいなかったのだ。

「すまない、待たせたな。」

あれからバダップは時間通りに会議に現れ、今回についてバダップの見事な論考によって提督達のサッカーへの負の固執を解き、サッカーに対する方針の見直しをしていくことやチームオーガへの懲罰は与えられないことが決まった(そもそも政府にさえ知られていない極秘計画だったため、あまりに重い懲罰を与えることは計画自体を晒すことになりかねなかった)。
その間バダップはやはりいつもの感情の読み取れない仏頂面だったが、そこにあるのは提督を純粋に信じ、サッカーを憎んでいたかつての彼ではなく……チームの10人は彼の論考から熱さといつになく増した真剣な態度を感じ取っていた。
そう、バダップは、チームオーガは、変わった。王牙学園の変革の始まりだった。


――それからすぐにバダップが噂となって浮き上がった。
そもそも、生徒一人の恋愛に何故こんなにも騒ぎ立てるのかと言えば、学園の首席でエリートの道を敷かれているバダップだからこそ人目に触れ易く好奇の目で見られ易い、というのもあるのだが、それ以上にバダップという人間の質にこそ原因の核がある。
バダップの持つエリート気質独特の強烈なプライドと、それを嫌でも感じる他ない身の振り方、喜怒哀楽といった感情が殆ど表れず年齢にそぐわない堅固な表情を持つ顔。
バダップは常に研鑽し、精神的にも肉体的にも己を鍛え上げ続け、まるで研鑽することしか知らない味気ない人間であるように見える。同じ子供のはずなのに「学問と鍛錬が義務で使命だ」と言わんばかりの。
そんな男がある女を慕っているとなれば耳を疑わない者はいない、言わずもがな、このような現象が起こるのではあるが。
内心、チームの10人は、特にミストレは段々と現実味を帯びてゆくあの日の己の冗談に焦りを感じていた。
王牙を変えたのはバダップを始め、チームオーガや提督が変わったからこそだ。しかし、バダップを変えたそれは、バダップの根本的な何かを著しく変えてしまったのではないか。
そう疑うざるを得なかった。
もはや円堂守の言葉一つ一つ、全てが呪文だったようにさえ思える。「あの」バダップの核なる部分まで変えてしまう呪文。


「……バダップ?」
「いや、まさか…… 。マジなのかアレ。」

そしてあれからさらに半年ほどが過ぎ、今日。
彼を見た瞬間ミストレは身の毛をよだせ、エスカバはぽかんと開いた口が塞がらない。
学園中の生徒の目を集めているにも関わらずなお、バダップはやはり構わず淡々と歩いていく。
そして、その少し後ろを、自分達と同じように濃緑色の制服に身を包んだ女子が一人、ついて歩いていく。

「誰だ、あれ。」
「さあ…俺が知らない女子だから少なくとも俺に引っ付いてる取り巻きではないかな。」
「お前が知らない女子なんていたんだな。」
「そりゃ多少はいるさ。流石のこの俺も学園全員の女の子を落とせるとおもうほどつけあがっちゃいない。」

エスカバとミストレの方を見向きもせず、二人は飄々と前を過ぎ去っていく。
肩より少し長めの艶やかな真っ黒の髪、アクアマリンを思わせるような澄んだ青い眼、軍服のような王牙の制服の似合わない真っ白な肌。それは必死に日焼け止めを塗りたくって白さを保っているミストレよりもずっと白い。まるでここの人間に似つかわしくない。
しかし、並ぶとまるでバダップの番のようにもみえる容姿だ。
特別美人というわけではないが、可愛らしさを感じる。
そんな彼女はバダップとは対象に若干視線が恥ずかしいのか自分の少し前を歩くバダップの裾を掴み、彼のはきはきとした足運びだけを見据えて……足音に効果音をつけるなら、ぺたぺた、といった感じで、とても自分達と同じ軍靴を履いているとは思えないような足付きでバダップの後をひっついていた。

「なんか、普通だなあ。」
「どんなの想像してたんだよお前……。」
「名のある財閥の清楚なお嬢様とか、バダップとそろって無愛想ガリ勉系女子とか、筋肉ムキムキ系女子とか。」
「気持ちは分かるけど最後のはねェよ……。でもまあ、ほんとに普通の女の子だったな。たまたま一緒にいただけ、でもなさそうだったしこれは」
「男子ですら俺ら以外バダップと一緒にいようとする奴なんていないからね。」

煩い廊下に掻き消されながら予鈴が響く。次の講義がもうすぐ始まってしまうことを思いだし、二人は体を翻して足早に教室へ向かった。
その日はそれから彼女の姿を見ることはなかったが、この日以来彼女はバダップのクラスメートとして学園に現れるようになる。






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だらだらと続きます
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