稲妻11

□私はお前の白血球になる
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※戦争パロ





『地球は火傷をしているの』
『兵隊は火傷の傷と熱の浸蝕を食い止める白血球なの。』
『ふうすけはね、地球の、此の国の白血球になるのよ。』

昨日まで嫌だ嫌だと泣きわめいていたくせに今日ぴたりと泣きやんで突然こんなことを言い出した。一瞬少しばかり気が触れたのかとも思ったが、彼女は前々からそういう女だ。

「今度はなんだいいきなり。」
『ふうすけは白血球なの。』

同じ問答がひたすら続いて話が噛み合わなくなるのもいつものことで、何かを誤魔化す時の、彼女の分かりやすくて妙な"クセ"だった。何かと分かりやすくて助かる面もあるから彼女には今の今までその癖を伝えてこなかったが、今日ばかりは問わずにいられまい。
太陽が薄い雲に隠れて歩いている小坂が陰に照らされた。

「今度は何を隠している。」

そう訊けば彼女は歩いていた足を止めた。私の足も止まる。必死に何かに堪えているようだった。肩がふるふると震えだして、唇をかんで、必死に。
それが涙だと分かった時、彼女なりの気遣いだったのだと気付く。泣き虫の彼女が泣くまいと、必死になっているのだ。きっと最後まで笑顔でいようとしているのだろう。泣き虫の彼女が堪えているのを見たらなんだかこっちまで涙が出てきそうになる。
彼女は淋しがり屋で、よく泣くから、きっと堪えられないだろうとハンカチを胸ポケットから出して拭こうとすると彼女は顔を横に逸らして逃げた。

『や、』
「涙、拭け。」
『…泣いてなんか、』

震えていた声で言葉を紡いでは切って、また唇をかんだ。涙は今にも彼女の目から溢れ出そうだ。雲に遮られていた日の光がいつの間にかまた私達を照らして、皮肉にも、太陽に照って輝く私のための涙は綺麗だった。

『…泣いてないから。』
「…そうか。」
『ふうすけは白血球になるの。』
ふぅ、と短く息を吸ってまた、ふうすけは白血球になると呟いた。駅はもうすぐそこだ。

『…こうでも思わないと私はまた泣いちゃうから。』

ぽつりと彼女はそう言うと、私の右手を強く握った。握り返してやれば彼女は涙を溜めた目のまま笑った。私は堪えられなくて、先程胸ポケットにぐちゃぐちゃに入れ直してしわくちゃになったハンカチを乱雑に取り出して拭った。


「頼むから今日くらいは拭かせてくれないか。」
『…や、わたし、泣いてないもの。』
「…泣き虫なお前の涙を拭ってやれるのも今日で最後かもしれないだろう。そんなに私を笑顔で送りたいならせめてその涙を拭け。」

今度こそは彼女も何も言わず黙って目を閉じた。きっと泣き虫な彼女の涙を拭けなくなるのだ。生きて帰ってこれるだなんて甘いことは根から思っちゃいない。もしかしたら私が彼女の涙を拭いてやるどころか、これから彼女の涙を拭いてやるのが”私”でなくなるかもしれないというのが非常に残念でたまらなかった。

「なまえ。」

呼ぶと目を開いて私の目を見る。私を映すそんな彼女の目をこの私の目に焼き付けておく。

「…もうそろそろだな。」
『…御国なんて大嫌い。』
「なまえ、私はお前がいる此の国が為、この国にいるお前が為にゆく。」

彼女の目は大きく開かれた。あぁ、また泣きそうになってる。今度は嬉し涙だとでも言うだろうか。泣き虫なまえ。泣かないでくれ。

汽笛が鳴った。プラットホームは私と同じような服を着た人々やその家族など沢山の人で溢れかえっていた。きっと今他の人々も同じように別れを告げているのだろう。
彼女の背中を抱き寄せて首もとに顔を埋めた。すん、とやわらかい匂いが鼻を掠めて思わず泣きそうになったが無理矢理なんとか引っ込ませる。どうやら彼女に感化されたようだ。


「悲しむな。さっきお前は、私はこの地球の、此の国の白血球になると言っただろう。」
『…うん。』
「いいかい。私はお前が、なまえがいる此の国の為にいくんだ。私は此の国の"白血球"になるんだ。」
『う、ん。』



「ならば私はお前が為の白血球になる、そうだろう。」

周りが騒がしい。ゆっくり歩きだす。私と同じような服を着た人々が並ぶそこに、私も並んだ。


「御国の為に行って参ります。」


彼女が人々に押されながら必死に私を見ている。彼女は笑顔だった。だんだん動く景色に流されていって、見えなくなった。最後になまえの笑顔を胸に戦場へゆける私は幸せだろう。
私はこの笑顔を守るためなら、悔いることなく白血球になれる。

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