稲妻11

□エスプレッソに沈む恋心
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チャイムと同時に俺らは教室へ飛び込んだ。先公の遅いぞーというタルい声を余所にして乱れた息を整えていると、風介がこちらを不機嫌そうに睨んでいた(こいつの席は廊下側の一番前、つまり教室に入るとすぐに出くわす席だ)。俺は勝った、と思った。ニヤリと口端を上げる。

「今日も仲良く遅刻か。」
「いーや。今日はギリギリセーフだ。」
「フン。いい加減朝の迎えなんてやめたらどうだい。」
「やだね。」

先に席に座りに歩いていたなまえには当然この会話は聞こえていない。(あいつは俺の自転車に座ってただけだから息なんて切らしていない。)
風介は少しなまえの方を見て、だけどすぐに俺の目に視線を戻してニヤリと笑って耳打ちした。

「…まぁいいさ。今のうちに仲良くしとくんだな。」

これでも飲んでおけ、と言われ、見るとタンブラーに入ったコーヒーが俺の手に握らされた。なんだよ、風介のくせに俺に気が利くのは気持ち悪い。視線を風介に戻すと意味深に余裕の笑みを浮かべていた。俺は最後の宣戦布告であることにやっと気付いて風介から目を逸らせずにいた。
…今のうち。
もしかしたら、もしかしなくとも、朝から続く嫌な予感は。
もうあの時から、今日なまえを迎えに行った時から何かが違った。今日"何か"が起こる前兆のように。いや、きっともう随分前からこの日が来るのを分かってた。幼馴染みってだけで、風介より少しでも長くなまえといたってだけで、今日のようにいつかくる日の不安を、掴んだ小さな幸せに埋めて隠していただけなのだから。

まどろっこしい恋愛をしている二人を、俺は暗闇で獲物を待つ獣のようにずっと待ってた。
だけど見ているだけで、横取りすることも、狩ることもできなかった。俺はどれだけなまえが風介を好きなのか知ってる、風介のためにどんどん綺麗になってくなまえを見てきた。

(風介君さ、最近、カッコよくなったんだ。)

風介だって。誰がための彼女の姿なのかも知らないまま、そんなあいつを追いかけて。

(風介君もきっと好きな子できたんじゃないかな。)

そんなまどろっこしい二人を見てきた。どこぞの少女漫画みたいに最後の最後でヒロインが振り向いてくれるなんてそう上手くいかない。
だって、俺がどんなに自分のお洒落に気をつけたってあいつは気付いちゃくれない。最初からあいつの視線は常に風介が独占していた。
自分が負けて一番悔しい相手は風介だった。だから今とても悔しい。舌を噛み切りそうになるほど。
でも同時に、自分の中で、負けても一番納得のいく恋敵が風介だったのも確かだった。


「とっとと告っちまえバーカ。」


一瞬驚いた顔をした風介から目を逸らす。その後今どんな顔をしてるかは知らない。俺に向かっていったのか一人ごとなのか分からないが後ろではっきり聞こえた。

「言われなくても。」

疲れ切っていた足はいつの間にか軽い足取りで自分の席に向かっていた。喉がカラカラだ。
席に着いて、渇き切った喉にさっきのコーヒーを一気に流し込む。

「…苦い。」


初めてのエスプレッソは少し目が潤む味だった。






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