稲妻11

□かわいいペテン師
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クールで真面目で男嫌い、言うならばそう、まさに鉄壁のみょうじなまえ。それが俺の隣の席の女の評判だった。
チャラチャラしたものは嫌い、甲高い女の声も嫌い、男なんかはもっと嫌い、らしい。あくまで「らしい」という噂だが。
彼女はいつも一人で一匹狼で、放課なんかも自分の席でただ黙って本を読んでいるか、ノートを広げて勉強しているかといったところだ。流石は優等生、と言いたいがいくらなんでも真面目すぎやしないだろうかとも思う。クラスの女子の輪にも目もくれないでひたすら自分の時間にふけっている。遊んでいるような所なんてみたこともないし、笑顔一つ見たことないし、喋っている所もあまり見ない、俺自身だって話したことなんてほとんどない。唯一喋ったこととい言えば『そこ、邪魔なんだけど』「あ、わりぃ。」というそれぞれ互いに一言ずつ、会話とも言えないような会話が一回あったぐらいだ。本当に、まさに鉄壁、だった。
鉄壁のあまりに謎の人間でもあった。一回こっきりだったせいか、逆に未だにはっきりと彼女の女にしては低めの声が印象に残っている。
鉄壁すぎるだけあって彼女に自分から話しかける奴も滅多にいない。人を寄せ付けないオーラがなんとなく出ている。最初、逆にそこに俺は惹かれたんじゃないんだろうか。女は集団じゃないとトイレすら行けない、一人では何もできない、そんな風に思っていたから。


今日は前の席替えから何回目かの日曜日、土日の二日間の休みがあけて明日はとうとう席替えをする。せっかく隣の席にいるのに結局はほとんど何も話さないままだった。明日一回くらい話せればいい、なんて思ったけど今まで話せなかった臆病者がいきなり話せるようになるわけがない。もじもじしている自分がもどかしくて、なんだか自分が女々しくて気持ち悪い。

とりあえずやることもなく目的もなく気分転換に外へ出る。イヤホンを両耳にしっかりつけてお気に入りの曲と共に街をぶらり。鼻歌交じりに本屋に行って前から目をつけてた本でも買ったらゲーセンで少し時間を潰して帰ろうか、なんて考えて行き先を決定した時、丁度曲が終わって次の曲に変わろうとしていた、その時、イヤホンをすり抜けてドラムとギターの大きな音が鳴り響いた。

「…聞こえねぇ。」

街ではよくあることだ。イラつきながらも諦めて街の音にかき消されて音の聞こえなくなったオーディオを乱雑にポケットにしまう。
ギターやドラムやらの音楽に合わせて聞こえてくるソプラノの歌声。突然、彼女が頭に浮かんだ。よく分からなかった。はっきりと聞こえてきたその声にふと足をとめる。

「…なまえ?」

まさか。そんなはずはない。この声は一度だけ聞いたなまえの低め声とは全然違う。まるで正反対の、女特有の甲高くてかわいらしい、けれどそれでいて綺麗な歌声だ。
何より、チャラチャラしてて、騒がしい場所は好かないらしい彼女がここにいるわけがない。
それでも何故か俺の脳は聞こえてきた綺麗な高い声を、なまえだと認識する。おかしい。なんでなまえなんだろう。よく分からなかった。それでも、俺は根拠もなく確信した。

人ごみを掻き分けて無理矢理前の方に出る。人ゴミの真ん前でなまえが立って歌っている。なんでなまえと分かるのかはやはり自分には分からなかった。声も違ければ、なまえは全然しない化粧だってされてる、髪型だって違う、俺の知る彼女とは全く別の人間なのに、俺はこいつがなまえだと勝手に認識して、勝手になまえだと思っている。


大きな拍手が湧いた。人が散り散りになっていく。礼をして、しばらくしてから片付けに取り掛かり始めようとした女を呼び止めた。

「なまえ…?」

女がバッと顔を上げて目を丸くしてこちらを見る。そして口をパクパクさせてただ俺を丸い目で見つめていた。根拠もない憶測が今はっきりと確信に変わる。

「やっぱりなまえだったんだな。」

未だに声も出せずに口を開けているなまえはきっと言いたいことがいっぱいあるんだろう。きっとこの反応はなまえに気付いたのは俺が初めてだからに違いない。そりゃあまさか誰かが自分に気付くなんて思ってもいなかったんだろう。しかも、本当に男嫌いなのかは定かでないが、男に気付かれるなんてのはもっと予想外だっただろう。
かわいらしく慌てた目の前の彼女の顔と鉄壁を誇る学校での彼女の無表情の顔が少しずつ俺の中で繋がって一致していく。あまりのギャップに込み上げる笑いを押さえつつ、ククク、と喉が鳴った。

お前本当はそういう声なんだな。

そう言ったら顔を真っ赤にして、先程からの可愛らしい声のままで、まだ私がなまえだなんて言ってない!、と反論してきたが、自分で墓穴を掘っているのに気がついたらしく、わなわなと肩を震わせて口を閉ざした。と、思えば口を開いて『気持ち悪いでしょ、こんな、似合わない声。』と俯いてかわいらしい声で言う。
なんだ、こいつ。かわいいじゃないか。普通に。いや、猫かぶってるその辺の女どもよりずーっとかわいい。なんだ。
笑いが止まらない。押さえ切れずにまた喉をがククク、と鳴らすと、彼女が『誰にも言わないでよね!』とまた慌てて俺に言う。つくづくかわいい女だ。


つまりはこうだ、本当は、鉄壁の女と呼ばれていたこの女はただのかわいい女で、でも照れ屋で、ずっと隠し続けていて、それに初めて気付いたのは俺、で、今彼女のかわいらしさを知ってるのは、俺、だけ。


自分の頭の中で勝手にそう自己完結して、その事実が嬉しくてまた頬を緩ませると、彼女の『馬鹿!』というかわいらしい罵声が聞こえた。









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