稲妻11

□自我崩壊セレモニー
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不思議なことに、真新しいユニフォームからは何も匂いがしなかった。新品だから汗などの匂いはしないのは勿論だけど、新品なら新品なりにそのユニフォームの素材やらなんやらの嗅ぎ慣れない真新しいものの匂いがするはずなのに、こいつはほんとうに何の匂いもしない。
いつも新しい服を買うと着る前に必ず匂いを嗅いだ。新しい布の匂いを嗅ぐと、自分も新しくなる気がしてテンションが上がる。だから、このユニフォームを渡された時は一瞬戸惑ったと同時に少し気落ちした。
彼は既にその新しいユニフォームを自分なりに着こなして当たり前のように過ごしているが、私のユニフォームは未だ乱雑に手で握られたままうなだれていた。


『何のため?』

あのお方のため。
迷いなくそう言った。聞くまでもないことだと彼は言う。その目は揺るぎないもののようにも、ある一種の狂気のようにも見えて悲しくなった。
一方の彼は私の言葉を軽蔑するように私を見ている。私みたいな奴がダイヤモンドダストになることが恥なのだ。あのお方のために戦う、それだけが私達の存在意義なのだと。だからその意義に疑問を持ってはいけないのだと。



『High soldier』

ぽつりと零した言葉に彼ががしがしと髪を弄っていた手を止める。こちらをただ見ているので、構わず口を動かす。

『私はそんなの嫌。』
「我儘を言うな。」

我儘。人間兵器になるのを拒むのが我儘。人間として、拒むのはいけないことなのだろうか。
私はただの人間が良かった。普通の女の子が良かった。普通に通学路を歩いて、授業受けて、たまにサボって。また通学路を歩いておひさま園に帰る。
そんな当たり前のことが好きだった。
戸惑っている私を見る彼の眼は冷ややかだ。もはや彼は涼野風介ではない。私は彼を知らない。

彼が早くユニフォームを着ろと急かす。ユニフォームを着てダイヤモンドダストである自覚と誇りを持つのだと。
彼の胸にある石が光る。吸い込まれそうだ。瞬間に見てはいけないと分かったのに目が逸らせない。こうしてお父様や風介は呑まれたのだと悟った。目から涙が溢れた。浸食される。今の私を、脳の何処かに焼き付けておかなければ。私が一人の人間であったことを、ただ風介の恋人でいたことを思い出せるように。

『ガゼル?』

彼がそれでいい、それでいいのだと、しゃがんで、床に膝をついている私と同じ目線で私の頭を撫でてあやす。私のずっと握っていた手が、動こうとしなかった腕が、足が、動く。服のボタンを外す。
きっとこれを着たらもう戻れない。着たら私も人間兵器になっている。風介がガゼルという名を与えられたように。

だから私は、私でいたことを忘れない。


『ねぇ、』
「どうした」
『全部終わったら、今度二人で出かけたいな。』

返事はない。一気にユニフォームを被った。思ったより、あまり変化はない気がする。
ガゼルは沈黙の代わりに私を抱き締めた。ガゼルになっても私を包む腕は変わってないように、きっと私も変わらない何かがある。
これから変わってくかもしれないし忘れるのかもしれないけれど。

とにかく、私は一人の人間だった。








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