稲妻11

□人口呼吸
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自分が嫌だった。周りと私はやはり何かが違う、同じ空気と同じ空間を共有し、話題をも共有しても、やはり私と周りの差は埋まりなどしない、と何処となく感じていた…と言うよりは"悟っていた"のかもしれない。
私は私で、他人は他人、そんなことは当たり前だ。
でも、私の言った言葉が違う意味に受け取られたり、自分の価値観が周りになかなか伝わらないのを思うと、他の子が見ている世界と私の見えている世界はやはり何か違うのではないかと思った。そう思うと人と会話するのが辛い。昔はもっと明るい性格をしていたのだけど、いつの間にか自然と無口になって、周りもそういう認識をするようになった。私は何処に居ても一人になった。
皆は周りに付いて行くのに、私だけが周りに弾き出されて景色と一体化している気がした。

楽しそうに会話する周りに一度目にやってからすぐにまた自分の足元に視線を落とす。いつも通りだ。
誰の元に向かうわけでもなく、きっちりイスの形に沿って、両足を揃えて座っている。ただ何をするわけでもなく、頬杖ついてぼーっと騒がしい広い部屋の景色を眺める。皆、よくここまで騒げるものだ。

「ね、なまえもどうだい?」
『へっ、』

しまった、と思って一度ヒロト達に向かった視線を足元に戻す。急な事だった。騒がしい声の中から自分を呼ぶ声だけを聞き取ったのも。
まさか自分に話が振られるなんて全然思っていないものだから思わず間抜けな声を上げてしまった、あぁ恥ずかしい。これだから嫌なんだ。

もう一度視線だけ声の主に向けると、向こうも少し私の反応にびっくりしたのか皆キョトンとしていたが、声主、もといヒロトはすぐに笑顔に戻してまた話しかけてくる。

「なまえも今度の土曜日に遊びに行かないかい?晴也と風介も一緒なんだけど。」

また何故わざわざ私を。物好きだなぁ。ヒロト達の思考が理解できない。どうせ、私が一緒に行ってもつまらないだけなのに。何回か同級生と遊ぶ機会はあったけど、その何回かの機会で分かった話、私はいないも同じだった。
ヒロトは微笑んで私の返事を待っている。奴の笑顔を憎たらしく思う。私が行くとでも思っているのだろうか。まるで私が惨めじゃないか。

『私はいいや。』
「何か予定でも入ってるの?」
『いや、そういうわけじゃないんだけど、』

言及されるかもしれないという考えが一瞬過ぎって言葉を濁らせる。言及され始めると面倒だ。まぁ最も、向こうからすれば私をそこまでして引き止めるほどの人間ではないだろうけども。
確かに予定は入ってない。けど、嫌なものは嫌だ。何かそういう理由でもなければ断ってはいけないなんてルールなんてない。なら断ったっていいだろうと考える私とは対照的に「じゃあなんで?」というような三人の顔に言葉が詰まり、返事に困ってしまった。あぁ面倒くさい。


『え、と…』
「俺達が嫌か?」

晴也が少し眉間に眉を潜めて訊いてくる。うわ、絶対何こいつって思ってる顔してる。嫌いなんてそんなんじゃないのに。ほらね、誤解されてるじゃない。これだから会話はしたくない。私の感覚と私以外の人間の感覚はやっぱりずれている。否、私の感覚だけがどこかずれている。

『違うよ。ただ、なんで私なのかなって。』
「はぁ?」

今度は晴也が間抜けた声を出す。うわ、もっと怒らせちゃったかな。ひょっとしたら他の人からみたらそうではないのかも分からないけど、とりあえず少なくとも私の目には険しい顔の晴也が映っている。あぁもう嫌だ。

『ほら、私と居たって大して面白くないでしょ。』
「はぁあ?」
『だって、ほら、私なんかより他の子と居た方がきっと楽しいって。』
「んだよそれ。」

ぴしゃり。まさにそんな音がしたかのように言い切られた。最後の言葉だけ妙に声色が違った気がしたんだ。空気が固くなったのが分かる。お煎餅みたいにバリバリ食べられそうだ。いや、そんな呑気に考えている場合ではないのだけども、険しくこちらを見る黄色の瞳が怖くて目を逸らすと晴也はさらに機嫌を損ねたらしい、オイ、と言いかけたところでヒロトの制止がかかる。

「…晴也。」
「なまえが怖がってるぞ。」
「え?あ、…わりぃ。」

あぁ、そんな謝らせるつもりじゃなかった。気遣わせてる。そんな顔しないでくれ。いちいち私はめんどくさい奴だ。他人に気遣わせてばかりでめんどくさい。空気をも重たくするばかりの、重たい荷物。私は口を開かない方が私自身も周りも楽だと思う。もう黙ろう。そうしよう。
黙り始めた私を見兼ねたのか、ヒロトが口を開く。

「あのね、なまえ、つまらないと思うならわざわざ誘うと思うかい?」
『………』
「私達はなまえを誘っているんだぞ。」
「俺らがいいって言ってんだよ。それでいいじゃねぇか。」

乱暴な口調と声色の優しい言葉に、少し息が止まった。正確には一瞬息をするのを忘れた。それに反して心臓は早く、うるさく鳴ってる。それ以外のものを感じられずに私の脳は五感から得る情報を完全にシャットアウトしている。今まで、つまらないとは言われても、こんなことは言われたことがなかったから。今日という日に突然こんなことを言い出す人が現れた。今まで私が一人だと思っていた時間とはなんだったのか。やはり、私の感覚がずれていたのか。


「…なまえ?」
「わ、お前何むせてんだよ。」
『いや…びっくりし過ぎて息すんの忘れてた。』
「なんだよそれ」

クククと喉を鳴らして笑われた。さっきと同じような台詞なのに違う。優しい笑顔付きの温かな言葉だ。
さっきまでの固い空気がいつの間にか砕けていて息を一気に吸った。苦しくない。

『いや、だってそういう…友達みたいな認識されてるとは思わなくて。』

また、一笑。ヒロトや風介も笑ってる。あれ、何か面白いこといったっけ。

「何言ってるんだなまえ、
友達も何もそれ以前に俺らは家族だ。」


もう一度息が止まる。忘れているあたり、やはり私は皆からだいぶずれている。
そんな当たり前で普通のことを何故忘れ呆けていたのか。
今までつらつらと思い連ねてきたこと、何もかもが馬鹿らしい。







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