稲妻11

□ブラックアウトスノウ
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まるで真っ暗な映画館に一人で大きなスクリーンで映像を見ているかのようだ。
僕はその映像をただ眺めてるだけ、自分の目の前にはいない相手を、目の前の映像の流れる通りに抱き締めた。

スクリーンの中の彼女がこれから"誰か"と愛を交わすように、僕は暗い映画館の空気を掴まえて、半ば投げやりに、空虚に愛を押し付ける。
虚しい、分かってる。
唇は空気に乾く。
"誰か"が彼女の唇に触れる。


『 ……また明日 』


アツヤになれば彼女は好きと言ってくれる。
彼女に言葉を求めたいのならアツヤになればいい、そんな認識はいつの間に付いたのか。
彼女がアツヤを好きだったことがはっきりとするよりも前のような気がする。


『もう周りも暗いし、帰ったほうがいいよ。送ってくれてありがとう。』
「あぁ。」


彼女は誰と会話しているのか。
彼女の目の前にいるのはアツヤなのだろう。
何が悲しくてこんなことをしているんだろうか。
今立っているのが僕でも彼女にはアツヤにしか見えないのだろう。
虚しいことと分かっていてアツヤの"フリ"をする僕は何が悲しくて、何が虚しくて、何を求めてアツヤになるのか。

ホントは僕だって愛してるって言われたい。


『じゃ、ね。気をつけて。』
「なまえ。」


僕がアツヤになる理由ほど自問自答するまでもないものはないと自分でも分かっていた。
それ以上に、それでも敢えて知らない"フリ"をして問う自分がずるいのだと理解していた。
愛してると言ったら律義にも分かっていると返事してしまった彼女も。

僕達はずるいねと言ったら彼女は何と言うだろうか、なんて考えた。
不思議と躊躇うことなく頭より先に唇が動いていた。

なんだ、結構余裕じゃないか、僕。
出遅れた頭がそんなことを考える。


「僕達はずるいね。」


浮かんだそのままの言葉が白い息と共に吐き出された。
が、白い息が吐き終わる瞬間には重く堅い音を立てて空間が隔てられていた。
もう開きそうにはない戸をしばらく見つめる。


「やっぱりずるい。」


明日には彼女はまた可愛らしい林檎のような顔で、吹雪君、と何もなかったように笑うのだろう。
きっと何も変わりはしない。



ふと視界に白いものがちらつく。雪だ。どうりで今日はとりわけ寒い、手袋持って来れば良かった。
そんなことを思って歩いているうちにすぐに大量の大粒の雪が容赦なく頬を濡らしていたから、この調子だと明日の朝には積もってるかもしれない。


さく、さく、さく、
明日二人で並んで歩いたらきっとこんな音がする、きっと変わることはそれだけだ。











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