稲妻11

□エゴイスト
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カツン、カツン、カツン、ローファーが地面を蹴る音を耳の奥で感じながらいつものように彼と他愛もない話をする。
今日も寒いね、と言えば彼は私の手を制服のポケットに突っ込んで、これで手は暖かくなるね、とふんわり笑った。
冷たくなった自分の頬も自然と緩んで、うん、と返す。

「ははっ、ホントになまえちゃんの手冷たいや。」
『吹雪君の手は温かいね、なんで手袋も付けてないのにそんなに温かいの。』

私だって同じように手袋を付けていないのにこの温度差。
同じ空気に触れていると思えない。

『あ、でもほっぺは冷たい。』

立ち止まって、冷たい外気でほんのり赤くなっている彼の頬を繋いでいない方の手でぴたりと触る。

「なまえちゃん冷たいよ。」
『あ、ゴメン。』

手を離してまたカツン、と音を鳴らす。
いつもの分かれ道はもう前に見えている。
いつもの寂しさを紛らわしたくて彼の方へ顔を向けることなく足先を自宅の帰路へ向けたまま挨拶をするのもまた、いつものことだ。

『じゃあ、私こっちだから。』
「あ、今日は家まで送ってくよ。」

そのいつもの別れ際、手を離そうとしたら彼は離さずにそう言った。
最後まで送ってくれるのは別にそう珍しい事でもないから、彼の言葉に甘えて、ありがとうと返して手を握り直す。
彼も握り返す。

一見可愛らしいのに、すること言うことはいつも大人びていて、ちょっとギザな感じが照れくさくてたまに返事に困る。
そういう時、彼はそんな私に気付いてふふっと笑う。あ、ほら、今笑った。
毎回これで終わると悔しいからとりあえず握っている手の甲に爪を立ててささやかな仕返しをしてみたら、さらに笑われた。

「可愛い。」
『嬉しくない。』

マフラーに顔を埋めて口元を隠す。吹雪君がまだ笑ってるのは多分頬が赤いんだろうなぁ…吹雪君は林檎みたいで可愛いと言うけれど。

『あ、ほら、家着いたから、じゃあね。』

無理矢理手を振りほどいて玄関の戸に手をかけようとした。

「待てよ。」

が、振りほどけずに手首を掴まれた。
さっきまで繋いでいた手とは少し違う力強い感触にはっとして振り返ると"彼"がいた。

『アツヤ。』

アツヤは笑って顔を近付ける。
これはまたいきなりだな、と思いつつ目を閉じて待つと唇をきゅ、と押え付けられた。
別れ際になんて、ドラマみたい。

ふわりと唇が離れて短く息をはくと、白が名残惜しく空気に滲んで、すぅっと消えた。
頬に添えられていた手がそっと離されるのを感じてゆっくり目を開ける。

『もう周りも暗いし、もう帰った方がいいよ。送ってくれてありがとう。』
「あぁ。」
『じゃ、ね。気をつけて。』
「なまえ。」

呼ばれて、ドアに手をかけようとするのを止めて振り返ると吹雪君がアツヤの顔のままでふわ、と笑っている。
その笑顔を見て私は初めて罪悪感を感じた。
彼は、吹雪君は。そこから先の言葉がつっかえて出て来ない。思考が途絶えられて、ただ呼吸をして彼が何かを言うのを待つ。
目の前の彼は。

『……また明日ね。』
「     」

ドアの閉まる音が私の視界の吹雪君と吹雪君の言葉を隔てて消える。
吹雪君が何を言ったのかは聞こえなかった。
私がドアを閉めたから。

ドアを背を預けてずるりと座り込む。
背中が冷たい。

『…なんて言ったのかな。』

その言葉を吐いた後すぐに私はずるいなと思い直す。気付かないフリをするのもいい加減にしろと脳の片隅が言う。
そう、あれは聞かなければいけない言葉だったのだから。
嘲笑してまた呟く。


『…分かってるよ。』


また吹雪君は傷付いてるんだろう、否、この表現は正しくない。
また私が傷つけているんだろう。


前から気付いてたじゃないか。さっきだって。
脳が震えながら答えを吐き出す。現実と思考している世界の境界が分からなくなって眩暈がする。


さっきの彼は、アツヤになった吹雪君のフリをした吹雪君だ。




言葉には出さずに頭の中ではっきりと、そう肯定すると、諦め悪く脳味噌の一部が否定をして、自分が混乱してくる。だんだんと何も考えられなくなって、埋め尽くされて真っ白になる。
放心状態のまま、ふいにカタカタと少し音を立てている窓が目に止まる。

『…雪。』

のろりと立ち上がって窓から外を覗くと、ぼんやりと、真っ黒な夜道に白い雪がふわりと舞っているのが見えた。







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続きます。

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