稲妻11

□クレプシドラの魚
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『なんかさ、ヤク中みたいだよね。』

目の前に様々な形、色んな色をしたそれは全部で9粒、普通より多めではあるがそれでも手のひらにすっぽり収まるそれが、毒のように思えた。
白、赤、黄土、青、別に目に痛い色合いじゃないけど毒々しい、あんたホントに私を助ける気あんのって。
見れば見るほど飲む気が失せるから普段は手に取ったらすぐに口に入れてしまうけど今日は運が悪かった。
タイミングをずらしてくれた本人は悪びれる様子なく私の向かい側に座ってブラックコーヒーを悠々と飲んでいた。うっわまずそー。

飲まなきゃという自己暗示のような意識もどっかに行ってしまって、すっかり飲まれるタイミングを逃したそれは、毒々しく私の手のひらで鈍く光っていた。

「何がだ。」
『こんなのばっかり飲んでさ。』

自分でも気持ち悪いんだから、と手のひらを閉じる。
9つの小さな粒がないくらいで生きられなくなるなら、生きられなくたっていい、なんて思ってみたりして。
薬は私の水時計をひっくり返してくれるけど、その動作は単純で見飽きる。
ぽつ、ぽつ、ぽつ…
ひっくり返されるとまた私は呼吸という無意識で単純な動作を繰り返し、生き始める。
人間らしくなく、特に生きなきゃという意識が薄い私にはとてもつまらないものだった。

「別にいいんじゃない。」
『そう?そんなこと言ったの風介だけだよ。』
「そうなのか?」
『うん。』

だって、周りは口では心配してるような事言って、内心気味悪いって思ってる人ばっか。たくさんの薬を飲んで生きてるというとそれがどうも悪く響くらしい。

『さっきの、晴矢にヤク中みたいだなって言われたんだよ。』
「あいつか。」

風介が少し眉間に皺を寄せて苦笑いしながらコーヒーカップを置く。
別に晴矢の言葉に傷付いてるわけじゃない。晴矢だってあいつのことだからふざけて言っただけだろうし。
どちらにしろ晴矢のが普通の反応で、むしろ風介の言葉の方が酷いと思う。
いつまでこんな生活をしなければいけないのか分からないのに。
私の生活は薬を飲み、生きる、それだけで、生きたら私の生きた時間はビデオテープのように巻き戻されて、薬を飲む。私には価値も見出だせないものをひたすらリピート再生される。
自分にとって価値もないものをつまらないとも嫌とも言わないのは人という部類では変なんじゃないかな。

『風介は変。』
「だって、別にいいじゃないか。それでも。」

風介の言葉がまるで効き目の悪い薬みたいに胃の中で居座った。んでもって少し刺がある。消化されない。
眉間を少し寄せて無言で目で疑問符を投げ掛けると、ガゼルは私の手に握られた薬を奪いとって自分の手に収めた。

「君にとっては私までもが繰り返されるもののようだね。」
『はあ』
「私はどうやら君のつまらない時間の一部らしいから。」

さっきから風介の言いたいことが分からなくてイライラしながら少し投げやりに否定しようとしたがすぐに遮られる。

『ちがう』
「違うなら毎日がつまらないなんて言わないでくれ。私はほとんど一日中お前の傍にいるのに。」
『風介』
「さ、早く飲め。次は吸入だろ。」

薬を私の手に握らせると水の入ったコップを顔の前に突出して催促する。
えー、と言ってためらってみたら風介の顔は真顔のままだった。
あ、怒ってるな。

『ごめん。』
「やだね。」
『ごめんって。』
「嘘。」
『コノヤロー』
「早く飲めと言っている。」
『ハイハイ。』

色とりどりの9粒を一気に水と一緒に口の中へ放り込む。
水を飲みながらふと見ると、さっきまで口をへの字にに曲げていたガゼルがいつの間にか隣の席に座って微笑んで私を見ていた。

嬉しくなって顔をずっと見ていたら彼は、なんだ、といってまた真顔に戻ってしまった。
笑ってたから、と言ったら、は?と返された。

あぁ、私、今まで勿体ないことしてたのかも。









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