声が届く距離。
それが

貴方と
あたしの

現在。


あの子みたいに隣には並べない。
だって、172のあたしは貴方に釣り合わない。今まで一度だって、この長身を嘆いた事はないけれど、あの雨の日。隊長に傘を持たせて、隣に滑り込める雛森の小柄な体がうらやましいと思った。

微笑ましく、可愛かった。


雛森と二人で遠ざかる隊長。
嫌だ。
嫌、嫌。


「行かないで隊長!」





ゴン

「いったぁ〜」

突如襲った頭の痛みに、乱菊はガバリと起き上がった。
執務中に眠ってしまったみたいだ。
しょぼつく目をこすり痛む頭を押さえる。

「何なのよ〜」
「はあ」

頭上から盛大な溜め息が降って来た。

「たっ…隊長」
青筋を浮かべた日番谷が、目の前に立っていたのだ。


「職務中に居眠りとは良い度胸だな。おい」
「隊長〜打ちましたね」
「うるせえ。愛の鞭だ」

どん

と、目の前に乱菊愛用の湯飲みが置かれる。
フンワリ

と、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「なんですか?」
「飲め」
「…はい」


火傷しない様に熱い液体を啜る。

「…甘〜い!美味しい」
「そうか?甘ったるいだけじゃねえか」
「柚子湯ですね〜」
「ああ。ばあちゃんお手製だ。お前、喉…辛そうだからな」
「あ……」

思わず両手で喉を押さえる。日番谷は風邪のためだと思ってくれているみたいだ。

一角との事は、死んでも言えない。
知られたくない。

優しい隊長を騙している。良心は痛むけど


嫌われたく


ない。


「これやるよ」

そう言って。日番谷が差し出したのはビンいっぱいに入った柚子湯の原液。

「適当に湯飲みに入れて、適当にお湯入れれば出来上がりだ」
「適当って」
なんだか可笑しくて、クスリと笑う。
「いるのか?いらねえのか?」
「隊長短気〜」
「うるせえよ」
「…欲しいですけど、おばあ様が隊長のために作って下さったのに…」
「知ってるだろ?俺が甘いの苦手なの」

コクリ

頷くあたしの頭をクシャリと撫でて、優しく笑うから。
自分だけが大切にされていると、また、勘違いしそうになる。

それでも
勘違いでも妄想でも
嬉しさは止まらない。

「大切に飲みます」
「喉早く治せ」
「…はい」


「……松本」
「はい?」
「俺は何処にも行かねえよ」

自分の机に戻りかけて、ピタリと止まった日番谷は、背中を向けたまま呟いた。


「……隊長」


夢の中の隊長に訴えたのに現実の隊長に答えを貰えた。


何処にも行かない。


何て、不確かな約束。それでも貴方が言うのなら間違いのない決定事項なのかもしれない。
単純なあたしは、貴方の言葉一つに振り回される。

そうして日々、
愛しさだけが蓄積される。






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