急に降り出した雨に乱菊は近くの軒下に逃げ込んだ。
先程までは青空で、雲一つなかったのに。


『雨になるから…傘を持って行け』


差し出された優しいさを、荷物になるからと受け取らなかった自分。

「あ〜言う事聞いておけば良かった!」

年下のくせに。
隊長の意見はいつも正しくて。こんな天候でまで貴方が正しいなんて、呆れるけど。


「……だから言ったろう」
「ひゃあ」
誰も居なかった背後から声がして。乱菊は驚いて、抱えていた書類を落としそうになった。

「………たっ、隊長!脅かさないで下さいよぅ〜あたしの繊細な心臓が壊れます」
「何を寝惚けた事を言ってやがる!隊長の前で堂々と眠りこけるやつを繊細とは言わねえ」
「ひっど〜い!聞いて下さいよ!!バクバクですから」
日番谷の小さな頭を強引に引き寄せて、己の豊満な胸に抱き寄せた。

「ね?」
「ね?じゃねえ!放しやがれ」

ビックリさせた仕返しに赤面させて、満足した乱菊は右手を差し出した。
「…何だよ」
「傘…下さい。迎えに来て下さったんでしょう?」
「…………」

はあ

溜め息一つ漏らして。乱菊の赤い傘を渡す。
「行くぞ」
「はあ〜い」
嬉しそうに付き従う乱菊をチロリと睨んで、日番谷は歩き出した。



それから数日。


今度は逆の立場で、乱菊は日番谷を迎えに出た。
完璧な上司の揚げ足を取れる嬉しさにワクワクと胸が騒ぐ。


「隊長ったら〜何が傘はいいのかしら?もしかして、お迎え来て欲しかった…とか?」


キャー

と、一人騒いで、周りの視線を集めるも乱菊に周りは見えていない。

「あっ!隊長発見」

大きな木の下に腕組みして空を見上げる日番谷を見つける。
まだ、遠いが自分が隊長を見誤るハズがない。
駆け出しかけで2、3歩進み、ピタリと止まる。

「………雛森…何で?」

日番谷は雛森から傘を取り上げて二人で相合い傘をして。
隊舎とは逆の方向に消えた。

もう職務時間は終わって居るのだから、部下とは言え日番谷のプライベートにまで言及する権利はない。

だから…
先に上がれ。俺を待ってなくて良いから
そう、言ったんだ。

ツキン

何故か胸が痛んで。
苦しい。

「…隊長そんなじゃ左肩…濡れますよ」

雛森が濡れぬように気を使い、日番谷の左肩が傘から出ている。

優しい隊長。


あたし以外にも優しいんですね。


当たり前の事が見えて来くる。
傘を放り出して天を仰ぐと、冷たい雨が頭を冷静に冷やしてくれる。金糸を湿らせ涙の様に滴が頬を伝い、豊かな胸に入り込む。


自分が恥ずかしい。


たかが副隊長の自分が、雛森の存在に及ぶ訳もないのに…


「…ぁ」

あたし…今、何て………


ガクガクと震えるのは寒さのためではない。心の奥底に隠した思いが顔を覗かせたから。

「い…やだ」


辛いのも待つのも。
耐えられないのだ。


「松本?お前んな所で濡れ鼠になって何をやってんだ?」
「……一角」


ズルいあたしは、また優しい胸に逃げ込んだ。






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