NOVEL

□唇までの距離
1ページ/1ページ

前が見えない。
こうして私はまた自ら闇に足を踏み入れる。
何度ここに来ただろうか。いったいどれほどの時間をこの闇の中で過ごしたのだろうか。
冷たく鋭く刺さる空気。この闇が私に与えられた罰。ならば私は受け止めよう。たとえ永久にここから出られなくとも・・・







どすん!!!
「うぐっっっ・・・・」
鈍い衝撃とともに一瞬にして現実に引き戻される。
見慣れた天井。暖かい日差し。そして目の前には・・・いや、腹の上には、と言うべきか・・・

「すっごいうなされてたよ!どぉーせまた『これが私の罪なのか・・・?』とか言いながら世界の終わりみたいな夢見てたんだろっ」
顔に似合わず低い声で私の声色を使いながら、口元まで毛布被ったままの私の腹の上で無邪気に笑う宝石のような瞳。

「重い・・・」
やっとの思いで搾り出した声も、どうやら彼女には素直に伝わらないようだ。

「はぁ!?このスレンダーでセクシーな美人くのいちのユフィちゃんになんてこと言うのさ!」

先ほどまでヒマワリのように笑っていた少女の眉間にみるみるうちに皺が刻まれていく。
本当に表情豊かだ。
「そんなに怒ると皺がとれなくなるぞ。」

「なんにー!?もー怒った!アタシの言うこと聞かなきゃ一生ゆるさん!」

ばふっ!!

覆いかぶさる様に私の上でうつ伏せになったまま視線だけをこちらに向ける。
「ヴィンからちゅうしてくんないと、許してあげない。もうあたしからは、絶対ヴィンにちゅうしてやんないんだから!」
あっ口にじゃなきゃ駄目だよ?

―なんて言いながら大きな黒い瞳がずるそうに揺れている。
いつもは黙って我侭を聞いてきた自分には珍しく、少しからかってやろう。という気になってきた。

「どうだろうな?そんなことしたら、お前が先に我慢できなくなると思うが?」
この時の私も彼女に負けないくらいずるい目をしてただろう。

口元の毛布を少し下げると、彼女の華奢な手を引き寄せる。

「ちょ・・・」
私の行動が意外だったのか、彼女の可愛らしい大きな瞳がよりいっそう見開かれる。

細い薬指の付け根を唇で挟むように、軽く口付ける。
それだけでユフィの顔は耳まで赤く染まる。
「ね、ヴィン指じゃなくてく・・・!!」
言い終わる前に少しだけ体を起こして彼女の首筋に唇を押し付ける。

ゆっくりと

何度も

「・・・ヴィ・・・ン・・・?」
首筋にあった唇を彼女の右耳に移すと、びくっと体を小さく弾ませて私の唇に熱を伝える。
トロンとした瞳はもう抵抗の意思を見せない。

名前を呼ばれてもわざと無視して彼女にキスの雨を降らせる。

桃色の頬に
可愛いおでこに
愛らしい瞼に
丁寧に、心を込めて。

でも、決して唇には触れないように。

正直私も彼女の唇に触れたくて仕方が無かったのだが・・・。

「ヴィン、口がいい・・・」

ぽってりとした桜色の唇からこぼれた言葉に最後の意地悪。
できるだけ冷たく、できるだけ素っ気なく。


「どうぞ?」


「〜〜〜〜!!!」
恥ずかしさとは違う赤面。
悔しさ半分、と言ったところか。

「ヴィンセントのバカ!」
言いながら勢い良く私の髪を引っ張って強引に唇を押し付ける。
ぎゅっと硬く目をつむりながら口付けをするユフィがとてつもなく愛しく感じてしまう。

――ぷはっ

と唇を離した彼女の目には零れんばかりの涙。

ちょっとからかい過ぎたか・・・

「ユフィ?」
俯いた彼女からの返事は無い。

「すまない、やり過ぎた。機嫌を直してくれ」

彼女の軟らかい黒髪に指を通し耳にかけてふうわりとその唇に口付けを落とす。

「ユフィ・・・」




――ぷっ。くくくくっ

「!?」

「だーっっはっはっはっはっはっは!」
いきなり腹を抱えて笑い転げる少女にわけがわからずその場で呆けた顔の自分。


「はい!ヴィンの負けね!仕方ないから許してやるよ!」

・・・もっといじめてやればよかった・・・と思ったのは言うまでも無いが、私を光の下に連れ出してくれたこのヒマワリの様な少女を手放す事は、まだできそうに無い。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ