野兎の空想  長いの。

□宵闇の衣のアリス
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迫りくる大勢の気配。
治安が悪いと幼稚園児だって知ってる裏街での徒競争。
死に物狂いで走っていた俺の足元でまた銃弾が弾けた。
ついに俺は叫ぶ。

「ちょっ、まっ…ストッ――プ!!」
「それで待ってくれたら奇跡だよねえ。」
「誰のせいだと思ってんじゃドあほがー!」

てなわけで、全く話が読めないであろう諸君。こんにちははじめまして水瀬蠍と申します。あ。蠍って書いてサソリね。読める?OK?
それにしても、名前が蠍なんて毒々しい。そう思ったか?俺もそう思う。
そして、命名の理由が気になった幼い日の俺は親に訊いたのだ。
「俺の名前ってどうやって決めたの?」
親は笑顔で答えた。
「あのね、ママがジャングルの奥地で空腹で倒れて、もうダメーって思ったときにパパが颯爽と現れてサソリ料理を作ってくれたの。もう、それはそれは美味しくてね、作ってる姿もカッコよくてね、ママ、パパのことを好きになっちゃったの。だから、蠍の名前は、ママとパパのキューピッドからもらったのよ。それにしても、パパ、カッコいい。うっとり。」
そのときは、「へえーっ。」って言って納得したけど、何かが確実におかしい。
てか、蠍が恋のキューピッド。…シュールだ。とんでもなくシュールだ。
まぁ、とにもかくにも俺はサソリ料理で父に恋してくれた母に感謝しなくちゃいけない。
母が変り者じゃなかったら俺、今頃生まれてなかった。ありがとう母さん。

あ、ちなみになんで今現在のこの状況とは関係ないことをこんなに長くくっちゃべってるのかって?
理由は簡単さ。1+1より単純明快。
たぶん、あまりのことに頭が追い付かなくてパニックに陥ってるんだな。

一言で言い表そう。俺、死にそうです。

しかも悪いのは俺じゃないし。完全に巻き込まれただけだし。
こんな状況に陥った経緯を思い出してあまりにもムカついた俺は、隣で走っている正真正銘の腐れ縁でつながってる少年を睨んだ。
3度引越しをした俺の行く先々に先手を打ったかのようにちゃっかり居やがるんだ。こう呼んだって罰は当たらないだろう。
さっきの俺の叫びを聞いたその少年はいけしゃあしゃあと言う。

「俺の責任は蠍の責任。もちろん蠍の責任は蠍の責任。」
「って、全部俺の責任じゃねーか!」
「もー、うるさいなぁ。ちょっとは落ち着けば?」
「テメェは落ち着きすぎだ、佳祐(けいすけ)。ちょっとは騒げ、そして嘆け!」
「ヤだよ。事態が好転するわけでもないし、エネルギーの無駄。そもそも僕らのエネルギーは太陽から供給されるのですべてなんだよ?このエネルギー不足の時代に生きる僕らはできるだけエネルギーを使わないように、こういう小さいことから改善しなくちゃいけないと思うんだ。」
「夏場にエアコンの温度を18℃に設定した挙げ句寒いとかほざいて長袖着てる奴の吐けるセリフか!」
「えー?覚えがないなぁ。」
「くそぉ!俺はお前が大っ嫌いだ!」
「酷い。嫌われるようなことした覚えなんて全然ないよ。」

そう言った佳祐の言葉を聞いて、俺は今さっきこいつが俺にした仕打ちを克明に思い出した。
俺をダシに自分だけ助かろうとしやがって…!
だからわざわざ皮肉たっぷりに言ってやる。
「鳥だって3歩歩く間のことは覚えてるんだろうにね。」
「じゃ、俺が覚えてないのにも無理はないってことになるよね。だって、一回喋ってる間に結構走ってんもん。鳥が3歩なら、たぶん人は30歩くらいだろ。妥当妥当。」

停泊している船の間を通り抜け、コンテナの影に入ろうとした俺がまた皮肉を言おうとしたとき、殺気立った声が聞こえた。


「いたぞー!こっちだー!」


失敗した。完全に逃げ切れたと思って会話したのが悪かった。
集まってくる明かりを背景にどこか遠くで自分が呟いたのが聞こえた。

「やっべー…。佳祐、逃げるぞ、佳!」

俺は佳祐を呼んだ。が、彼は動こうとしない。
それどころか昏く微笑んでみせる。
「……佳?」
「まぁまぁ、そう慌てるなって。」
どこか楽しそうに大振りな指揮棒のようなものを振った佳祐は、熱に浮かされたように歌い上げた。


 「夜はまだ、始まったばっかなんだからさ。」



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