短篇小説『静白』

□夏物語
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「……はぁ」


俺は屈んでいた腰を上げ、額の汗を拭う

温室での作業は、密閉された空間や空調設備の影響で、俺でも汗を流す労働だ

春先に植えたじゃが芋は早くも収穫間近

今は土を掻き、肥料を新しくした

これは…俺にとっては結構な重労働である

土は重い


「ん…しょっ! ん…しょっと!」

少し向こうに目をやる

小早川が沢山の用具の入った籠を持って

右に左に揺れながら歩いている

倉庫へと、ヒヨコの様にのんびりと時間を掛け、歩いて行く

「よっこいしょ…ふぅ、重かったぁ」

小早川は任務を遂行し、手を叩いていた

…比較的貧弱な者が集まってしまったかも知れない

…俺は貧弱では無い筈だが…無い筈だ


「……」

手に付いた土や顔の汗を洗う為に水場へと向かう

取り敢えず、大体の作業は終了した

後は水やりをし、今日は完了


水場で、蛇口を逆さ…上向きにし、捻る

天窓からの夏の日差しに、冷たい水が反射して輝く

俺は水を手のひらに掬い、顔を洗う


…冷たい

が…快い


以前

飼育委員等発想もしなかった頃

その頃には感じられない快感が在った

これも感情の一種で、論理的で無い

しかし、俺にはこれを否定する材料が入手出来そうに無かった

…俺は麻痺しているのだろう

れいはの言う通り

俺はこの生活が心地良い


「……ふぅ」

蛇口を閉め、一息

汗を流し、土を流し

俺はタオルを求め、テーブルの在る部屋の中央へ歩き出す

「あ、れい君…コレ」

突然

シャツの背を摘まれ立ち止まる

「?…ありがとう、小早川」

振り返ると

スポーツタオルを持った小早川が居た

これは俺に使って欲しいと言う意思表示なのだろう

それを受け取り、顔を拭う

日の香りがするタオルだった

「…ふぅ」

「お疲れ様、れい君♪」

「あぁ…其方は?」

口元を拭きつつ質問

小早川は頷き、答えた

「コッチも終わったとこだよ」

先程の用具収納で最後だった様だ


結局九時から…今は十二時

三時間集中していた様だ

小早川の顔も作業の後が見て取れる

顔を洗ったとは言え、汗は流れてくる

普段余り汗をかく事の無い俺だからか

少量の汗を鬱陶しく感じる

自然現象に文句の付けようが無いが

取り敢えず冷静を装う


「では、帰るか」

「え、あ、うん…」

小早川の隣を通り過ぎ

部屋の中央まで歩く

テーブルの上に置かれた鞄を持つ

「ま、待って、れい君!」

小早川が慌てて俺の後ろから付いてくる

置いていくつもりは無いのだが

彼女の歩みはまるでヒヨコの様だった
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