■第1巻■

□プロローグ
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 差し出されたパスポートに、入国管理局の男は少し目を見張った。

「…きみ、ひとりで来たのかい?」

 男の問いに、少女はこっくりとうなずいた。格別大人びているようにも見えない。むしろ、同じ年頃の少女と比べて、幼く見えると言ってもよいくらいだ。

「…いやあ、最近の子はすごいな。あっちには観光で、かな」
 
 少女は、ふるふると首を横に振った。

「…住んでいるんです。今回は、用事があって日本に」

 長旅に疲れたのか、はたまた一人旅に緊張しているのか、少女の表情は硬い。心なしか、顔色も悪かった。

 そりゃそうだろうな、と、男は内心でうなずいた。

 イギリスと日本。

 子供がひとりで行き来するには、ちょっとばかり遠すぎる距離だ。

 パスポートを返しながら、男はたずねた。

「案内を呼ぼうか。それとも、迎えが来ているのかな」

 少女は答えなかった。

 その代わり、ちょっと困ったような、曖昧な笑みを浮かべた。

 けれども男はそれには気が付かなかった。気に留めなかったと言ったほうがよいかもしれない。

 ひとりの少女を気にするには、彼の仕事はあまりに多忙だった。

 男が次の入国者のパスポートからふと目を上げると、去っていく少女の後姿が見えた。肩にさして大きいともいえないかばんを掛けて、少女はゆっくりと歩いていた。

 その小さな姿は、ごったがえする人ごみに紛れて、すぐに見えなくなった。

(…イギリスから来たにしては、ずいぶん少ない荷物だったな)
 
 ちらりとそんなことを思い、男は目の前の客に意識を戻した。

 それきり男が少女を思い出すことは、もうなかった。

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